早くも10月になりました。今更ながらですが、今年の夏キャンプについて報告します。投稿が遅くなってしまってモウシワケゴザイマセン・・
綾部第2団ボーイスカウト隊では、この8月3日から8日までの六日間をかけて、東日本大震災での被災地の一つである、福島県まで遠征しました。

あの痛ましい震災から早くも2年経過しておりますが、あの時テレビで見た状況がどう変化しているのか、自分自身の目で見、肌で感じられればと計画されたものです。現地でのボランティア活動も計画しておりましたが、今はボーイ年代でできるボランティアは殆どないとのことであり、残念ながら慰霊と観光が主な活動になってしまいました。
京都府から福島県までは確かに遠いのですが、3日朝7時に出発。途中車中泊を覚悟しておりましたが、計画よりも早く、午後5時には猪苗代湖畔のキャンプ場に到着することができました。


2日目は朝から晴天となり、先ず会津若松市を訪問しました。「八重の桜」の舞台として有名ですね!!

↑ここは白虎隊が自刃した飯盛山への参道です。

↑「ローマ市寄贈の碑」の前で。これは白虎隊士の精神に深い感銘を受けたローマ市から昭和3年に寄贈をうけたもの(あのボンベイ遺跡から発掘された宮殿の柱だそうです。スゴイ!)

↑会津若松城(鶴ヶ城)をバックに。この日は日曜日ということもあって観光客で混雑していました。資料館も見学して藩の歴史や京都との関わり合いについてしっかり学習しました。

↑城内で催されていた、紙芝居「新島八重物語」語り部のお姉さんはとても素晴らしい語り口でお話しされるのでとても感銘しました!!

↑これは「大内宿」です。ここでは茅葺屋根の宿場町が再現されているのですが、観光地ということで飲食店や土産物店がズラリ。ここで、リーダーたちは名物の十割そばをいただきましたが、約一名は、「大盛」の地鶏カレーを食べ、その後…??
3日目、いよいよこの遠征の目的である被災地への慰霊のため、南相馬市へ向かいました。以下は、われわれが見た現実の風景です・・・。

↑国道六号線の標識

↑被災し、放置されたラーメン店

↑水田の中の廃棄されたトラクター

↑耕作放棄された水田地帯に放置されたままになっている自動販売機(スゴクさみしそう)

↑道路脇に放置された自動車

↑今もそのままになっているガレキの山

↑基礎部分だけが残った住宅跡

↑左:流された住宅(二階部分だけが残っている)

↑一階部分が津波で被災し、内部がそのままになっている住宅

↑津波で押し潰された住宅(左下に献花があり、この中で亡くなられたのであろうか・・合掌)

とにかく、言葉にならない現実が、まだここにはありました・・・。とにかく広い範囲にわたってだれも住んでいない「ゴーストタウン」・・・。そこに「復興」はなく、時間が止まったままの状態でした。恐らく他の被災地も同じ様子なのでしょう。もっともっと報道して世間に知らせるべきであると感じました。ただただ合掌です・・・。
4日目、喜多方市を観光しましたが、昨日の余韻が尾を引き、あまり観光気分にはなれませんでした(そのため、写真もありません・・)。
5日目、気を取り直して、「五色沼」ハイキングを行いました。約1時間30分ほどのコースでしたが、遊歩道は整備され、五色の池の色の変化を楽しむことができました。




↑↑これは景観条例によって黒く塗られた「進入禁止」の標識。この標識はタクシーの運転手に教えてもらったものです。普通では気が付きませんよねえ。
6日目、最終日は朝早くに徹営を済ませた後、すぐ近くにある「戸の口原古戦場」へ行き、再び白虎隊の冥福を祈り、帰路につきました。

帰りについても、渋滞に巻き込まれることなく、約10時間で綾部まで帰ることができました。
今回の福島県への遠征は本当に意義深いものとなりました。スカウトたちが見た被災地が、これからどの様に復興していくのか非常に気になります。でも、必ず元の町に戻ってくれるものと信じています。「がんばろう、福島!!」
ボーイスカウト隊 隊長 谷口 智
投稿 林